HYROXは「90分の壁」で失速が加速する
#1と#2に続く3本目は、ペーシングをテーマにします。公開データでは、90分付近を境に終盤失速が急増する傾向が見えました。この記事では、壁を越えるための練習優先順位を実践向けに整理します。
この記事の要点
- Run8失速率は Sub-70で+20.0%、Sub-90で+27.6%、Sub-100で+37.2%。
- Sub-90→Sub-100の差(+9.6pt)は、Sub-60→Sub-70の差(+3.1pt)より大きく、失速が非線形に増える。
- Quantile分析では、Run8の係数が Q10:2.71 → Q90:3.35(+23.6%) に増加。
- Sub-100帯は「速く走る」より「終盤で崩れない配分」を先に作るほうが短期で効く。
目次
1. なぜ「90分の壁」が記録を分けるのか
HYROXは序盤の勢いだけでは押し切れません。疲労が重なる終盤で、ラン・種目・判断が同時に崩れ始めると、 失速が連鎖して一気にタイムを落とします。
データ上も、失速は直線的ではありません。90分付近を超えるあたりから、Run8の低下率が急に大きくなる傾向が出ています。 ここがいわゆる「90分の壁」です。
この図が示すのは「根性不足」ではなく、配分設計の問題です。 つまり、同じ走力でも配分を変えるだけで壁の手前に留まれる可能性があります。
2. Sub-100前後で起きやすい失速パターン
Run1を基準にしたRun8の落差は、Sub-100で特に大きくなります。 さらに下図のように、遅い層ほどばらつき(失速の振れ幅)も大きいことが分かります。
Sub-100を狙う選手に多いのは次の3つです。
- Run3-4で想定以上に上げて、Run7-8で歩きが入る。
- 種目後の呼吸リカバリーが遅れ、次ラン序盤でさらに落ちる。
- 終盤のWall Ballsで長停止し、Run8再開ペースを作れない。
ここでは絶対スピードより、終盤での再現性を先に整えることが重要です。
3. どこから手を付けると最短で伸びるか
Quantile回帰では、速い層(Q10)と遅い層(Q90)で「効く場所」が変わります。 特にRun8係数は 2.71→3.35(+23.6%)と増加し、遅い層ほど終盤ラン崩壊の影響が大きいことが示されました。
実戦では次の順で取り組むと効率的です。
- Run7-8の歩行ゼロ化: 速さより連続性を優先。
- 種目後30秒の呼吸再建: 次ランの入りを安定させる。
- 終盤Wall Balls分割固定: 失速連鎖を止める。
目標は「最速ラップ」ではなく、「最後まで崩れないラップ構成」です。
4. 4週間プラン(90分の壁対策)
週2〜3回のHYROX特異的セッションを想定します。目的は、終盤の失速を減らして再現性を高めることです。
Week 1: 現状の可視化
- テストセット: Run5 → Row → Run6 → Lunges → Run7 → Wall Balls → Run8
- 記録項目: Run8/Run1比、Run7-8歩行秒数、Wall Balls停止回数
- Run8は平均ペースだけでなく、最初200mの入りも記録
Week 2: 崩れない配分を作る
- Run1-2を「余裕感あり」で入る練習を反復
- 種目後30秒の呼吸再建ルールを固定(例: 3呼吸で再開)
- Wall Balls分割を固定し、停止回数を減らす
Week 3: 疲労下で再現する
- 1km Run + Burpee BJ(短縮)を3〜4本
- 1km Run + Wall Balls(短縮)を3本
- 評価は「最速」ではなく「最後まで歩かない」
Week 4: レース仕様で確認
- Week1と同条件テストを再実施
- 改善目安: Run8/Run1比、Run8入り200m、Wall Balls停止回数
- 当日のペース上限を数値で明文化(序盤上げすぎ防止)
5. レース当日の実行ルール
- Run1-2は「稼ぐ区間」ではなく、終盤のための準備区間と考える。
- Run3-4で上げすぎない。呼吸が乱れたらその場で戻す。
- Run7は最初200mを抑え、Run8で歩行ゼロを狙う。
- Wall Ballsは連続完遂より、分割固定で失敗率を下げる。
- 終盤は周囲ではなく、自分の再現ルールを優先する。
6. よくある失敗と修正方法
| 失敗パターン | 起きる場面 | 修正方法 |
|---|---|---|
| 序盤のオーバーペース | Run1-4 | Run1を目標より少し遅く入り、Run2で合わせる |
| Run8で歩きが入る | 終盤 | Run7序盤200mを抑え、Run8入りの呼吸を固定する |
| 失速の再現性がない | レース全体 | Run8/Run1比と歩行秒数を毎回記録して傾向管理する |
| Wall Ballsで崩壊 | 終盤 | 分割レップを固定し、失敗時の再開レップを決める |
7. HYFITで追うべき3つの数字
- Run8 / Run1 比率: 90分の壁対策の中心指標。
- Run7-8の歩行秒数: 崩壊の始まりを可視化できる。
- Wall Balls停止回数: 終盤連鎖失速の早期警告。
この3つが同時に改善していれば、Sub-100帯ではタイム短縮の再現性が高まります。 逆にどれかが悪化している場合は、負荷追加より配分修正を先に行う方が安全です。
8. よくある質問
Q. まず走力だけ上げれば90分は切れますか?
走力は必要ですが、Sub-100帯では終盤の崩れを止める方が短期で効きやすいです。まずは配分と失速管理を整え、その上で走力を積む順番が有効です。
Q. Quantileの結果は実践でどう使えばいいですか?
自分の帯に近い層で係数が高い要素を優先します。Sub-100帯ならRun8崩壊抑制を先に整えると投資対効果が高いです。
Q. 4週間でどれくらい変わりますか?
個人差はありますが、歩行秒数と停止回数を削れる選手は、1〜3分短縮を狙えるケースが多いです。
この記事の結論
- 90分付近では失速が非線形に増えやすく、Sub-100帯では終盤崩壊の抑制が最優先です。
- 短期での改善は「速く走る」より「Run7-8で歩かない設計」を先に固める方が再現性があります。
- Run8/Run1比・歩行秒数・Wall Balls停止回数の3指標を同時に追うと、次レースへ改善をつなげやすくなります。
用語ミニ解説
- Sub-100: HYROXを100分未満で完走すること。
- Sub-90: HYROXを90分未満で完走すること。
- Quantile回帰: 速い層と遅い層で「効く要素」の差を確認する手法。
- Run8/Run1比: 終盤失速の度合いを示す実務指標。
方法と解釈の注意
本記事の数値は公開レース結果の統計分析に基づいています。個々の因果を直接証明するものではありませんが、 練習の優先順位を決める実務用途としては十分に有効です。
データ出典
Yamanoi, S. (2026). Winning Strategies in HYROX: A Machine Learning Approach to Race Performance Optimization. Zenodo. DOI: 10.5281/zenodo.18683662
分析を、次のレース結果に変える
HYFITでセクション別に記録すれば、90分の壁対策の効果を次レースまで追跡できます。